Koshiji Yoko

越路姉妹の越路よう子が日々思うことを綴ります。

越路よう子の時代転換作戦0920

今私たちはココロの時代にいる。

ココロの時代には、ココロを良い状態に

することが大切だ。

 

ちょっと前はオカネの時代だった。オカ

ネの時代は、財布にオカネがいっぱい有

ることが大切だった。

 

学校へ行くことも、学歴を手に入れること

も、働くことも全てその先にあるオカネの

ためだった。

 

会社の名前も、社会的肩書きも、身につけ

る服も、大事なのはブランドだった。

 

そのブランドはオカネの象徴だった。

 

世の中はこのブランドを追いかけ、そのブ

ランドを手に入れるために走りつづけた。

 

そこに幸せがあると思っていたからだ。

 

 

そう思っている反面、オカネを追いかける

ことは卑しいこととされた。バブル期に

一杯のかけそば」などがもてはやされた

のは、こうした考えが根底にあった。

 

オカネが欲しいのにオカネの事を考えるこ

とは卑しい事だと言う矛盾を抱えながら私

たちは時代の中を生きてきた。

 

この時代は全てがオカネだった。

 

少なくとも考え方の土台や目的にはいつも

オカネがあった。

 

お金が卑しいと思ったり、それを求めたり、

私たちは矛盾そのものだった。

 

矛盾を抱えながら走り続けられたのは、み

んなが走ってるからだった。

 

みんなが走っていく方向に行けば怖く無い

と思っていた。

 

その方向から、その群れから離れると人は

孤独の淵に追いやられる気がした。

 

その孤独の淵に迷い込むと、実体のない恐

怖に包まれ怯えた。

 

本流からは、その淵に迷い込んだ人が下に

いるように見えた。

 

その淵にはまった人を哀れむ人さえ現れた。

 

それでもその淵には自分を貫き通す勇敢な

人も稀にいたけど、それはごく僅かな人だ

った。

 

その勇敢な人たちは不幸ではないのに、本

流の人はそうは思わなかった。

 

ごく稀な、変わった人だとレッテルを貼っ

た。

 

そしてそのほか多くの、その淵に迷い込ん

だ人はだんだん自信を失っていった。

 

やがてそれを自分のせいにし始めた。

 

自分がダメなんだと、自分が悪いんだと、

自分を攻めはじめ自己嫌悪に陥った。

 

不安と恐怖と自己嫌悪に陥ると、そう簡

単にはそこから抜け出せなくなった。

 

何も怖く無いのに、誰も悪く無いのに、

その淵ではもがけばもがくほど締め付け

られて、がんじがらめになって苦しくて、

怖くて怖くて目の前で自分の価値が粉々

に削られていくような気持ちになった。

 

その淵にいることで存在の価値を消され

た気持ちになってしまった。

 

どうしてもその気持ちに押しつぶされた

人は自ら命を絶った。

 

 

 

人によってはその淵から本流に戻る人も

いた。

 

淵にはまっては抜け出し、淵にはまって

は抜け出し、本流に戻る。

 

そうした苦悶の行為を繰り返す人もたく

さんいた。

 

その人たちは疲れ果てていた。

 

疲れて疲れて今にも倒れそうだった。

 

人によってはお酒やドラッグでひと時の

幻想の中へ浸る人もいた。

 

病院に行けば精神病(うつ病)と診断さ

れる人もいた。

 

 

かろうじて今日まで生きてこれた人は、

家族や仲間や恋人やペットなどが与えて

くれる愛があったからだった。これが無

いと生きて行くことなど虚しく、生きて

行くことそのものが苦しみでしかなかっ

た。

 

 

 

そして今、私たちは立ち止まることがで

きた。

 

立ち止まることができたのは、みんなが

立ち止まったからだった。

 

世界中が立ち止まったから安心して立ち

止まることができたのだった。

 

そして立ち止まった時、時代を覆うモヤ

がみるみるうちに晴れていった。

 

立ち止まった時、あたりのけたたましい

騒音が消えて静寂が訪れた。

 

景色がはっきり見えてきた。

 

 

孤独の闇に包まれるような、地獄の暗闇

のようなそんな淵などそこにはなかった。

 

その淵はキレイなキレイな淵だった。

 

本流は土石流のように激流として流れて

ゆく。

 

様々なものを飲み込んで、様々なものを

破壊しながら流れてゆく。

 

本流の方が危なかった。

 

本流から逃れ、自分自身の魂の声に気づ

いた人たちが動きはじまた。

 

自分だけの淵を作りに動き始めたのだ。

 

目の前で、どんどんどんどんキレイな淵

ができてゆく。

 

淀むことのないキレイな淵ができてゆく。

 

何かに気づいた人たちが大勢キレイな淵

を作ってゆく。

 

 

その淵は、その人のカラーでキラキラ輝

くオリジナルの淵だった。

 

 

 

ココロの時代がやってきた。

 

 

私たちは生きている。

 

生きている事に意味がある。

私たちには生まれ落ちた訳がある。

 

この星にやってきた役割がある。

 

あなたにしか、私にしかできない事がある。

 

例えば、私たちがこの星に旅行に来たとし

たならば。

 

一体何をするだろう?

 

一体何をしたいだろう?

 

もっともっと単純に。

 

もっともっと簡単に。

 

ココロがそれを知っている。

 

ココロがそれを教えてくれる。

 

答えは全てココロの中に。

 

ココロの為に生きる時代。

 

 

 

 

あなたのココロをきっと大切に。

 

あなたのオリジナルをどうぞ大切に。

 

ココロを大事に育てましょう。

 

ココロを整え挑みましょう。

 

ココロを豊かに育てる為に

 

必要なものは愛だった。

 

誰かのためへの愛だった。

 

あなたの淵を作りましょう。

 

私の淵も作ります。

 

だからお願い死なないで。

 

一緒に生きてゆきましょう。

 

あなたにしかできない事がある。

 

そしてそれが誰かを助ける事になる。

 

あなたは誰かの救世主。

 

キレイな淵を作りましょう。

 

 

同行二人。

 

 

 

世界は美しい。