Koshiji Yoko

越路姉妹の越路よう子が日々思うことを綴ります。

止めることをやめられない★

 

私はよく財布を落とす。

落とすのだが毎回見つかる。

善良な方が拾って届けてくださるのだ。

 

私は過去、なくした財布が100%出て

きている。

 

ありがたい話だ。

 

ありがたいと思いながら私は何度も財布

 

を無くしてきた。

 

何度も過ちを繰り返してしまうのだ。

 

なぜ治らないかというと、意識をしてい

ないというのが最も説得力のある原因だ

った。

 

もっと説得力のある原因はあたしがバカ

だということだけど★

 

 

何事も意識をしていると気付く。

 

それだけのことなのだが

 

「意識」は大切だなとつくづく思う。

 

 

仕事上、何度も同じミスを繰り返してしま

う人はその問題について「意識」をしてい

ない。忙しかったからだとか、大した問題

じゃないなどと、どこかでそのミスを庇う

理由を盾にしてしまうからだ。

 

わたしの場合はこれ。

 

私が財布を無くし続けてしまうのも同じよ

うに「意識」をしていないのだろう。

 

 

もっと意識することを心がけたいと思う。

 

 

最近わたしは肉を食べることをやめた。

 

野菜と魚だけしか食べない。

 

肉を止めると変わる「意識」がある。

 

すでに2ヶ月くらい経つが、何かの意識が

変わり、気づくことが多くて楽しい。

 

お酒をやめて気づいたこと。

 

深夜まで起きていることをやめて気づいた

こと。

 

テレビをやめて気づいたこと。

 

無駄なものを所持することをやめて気づい

たこと。

 

やめてゆくと

 

何かがどんどん削ぎ落とされてゆく。

 

そしてどんどん身軽になってゆく。

 

頭や心の中にどんどんスペースが生まれ

てゆく。

 

わたしは止めることをやめられなくなっ

ている。

 

そして新しいことを始やすくなっている。

 

楽しい作業だ★

やっちゃう★

今回の徳島での活動は色々あった。

 

一つは四国放送のラジオ番組への出演。

そしてテレビ番組への出演だ。

 

ラジオは、私が選ぶブルース特集。

ブルースというタイトルがつく曲を選

曲し語るという企画。

横浜本キートンクブルースや三谷ブル

ースなど13曲もの名曲をご紹介した。

もちろん越路姉妹のナンバー、現場の

ブルースも★

 

そしてテレビ番組は私が人形浄瑠璃

被り物をして徳島県の町を散歩すると

いう企画。

なかなかシュールな企画だせ。

 

今回の紹介はバロン薩摩という大富豪

のお話し。

 

彼はその昔パリで600億円もの私財

を使い果たした。その使い道は様々な

アーティストを支援したというもの。

レオナルド藤田はもちろんのことピカ

ソなどにも多額の支援を施したという。

そして戦争が終わる頃には妻が他界し、

無一文になって浅草の踊り子と再婚し

その妻の故郷徳島県に移住してその人

生の幕を閉じる。

彼は無一文になっても、最後まで明る

く前向きな生き方を貫き通した。

波乱万丈で痛快な生き方だった。

 

どちらも楽しい企画で、久しぶりに徳

島からの発信を楽しんだ。

 

そして、和太鼓チームGOCOOと人形集

団Giant Stepsの皆さんと人形浄瑠璃

みなさん、そして私越路よう子の企画

の準備をした。

 

公演名は

Kaminaka Republic Session徳島公演

「祭りをまつる笑いの命〜音と人形と

伝統の世界編〜」

 

こちらも久しぶりの作業で楽しい作

業だった。

 

生配信の日程は追ってホームページで

お知らせしたいと思う。

 

 

こうして私は少しずつ徳島での具体的

な活動を始めている。

 

 

このコロナ騒動で、いろいろなことを

考えさせられた。追い込まれたり、悩

んだり、覚醒したり、発見したり、気

付いたりまぁ心も頭もシェイクシェイ

クでぐるぐるまわっていた。

 

その結果私は進むべき方向を見つける

ことができた気がする。

 

何かのお役に立てることを祈りつつ、

私はそれを実行し始めている。

 

実行しかないと思っている。

 

実行。

 

やっちゃう。

 

 

それは、私の中では

 

言い換えればLIVE。

 

LIVE。

 

いい言葉で大好きな言葉だ。

 

 

人と会い、人と触れ合い、人とエネ

ルギーを交換する作業。

 

尊い作業だ★

 

 

実行物語は続く★

生きること生かされること第4章

生きること生かされること第4章

 

言葉の生命

 

この章はシンプルだった。

 

言葉には命がある。

 

まさに言霊というやつだ。

 

日本語は長い歴史の中で練り込まれ、

 

命を吹き込まれ変遷していった。

 

そもそも音読み訓読みがある上に平仮名や

 

カタカナがある複雑極まりない言語だ。

 

小林秀雄はこう言っている。

 

「歴史が日本語を紅葉させた」

 

「言葉には色彩があり、目方がある」

 

すばらしい表現、、、、ホントそう思う。

 

そして、万葉集を読むことを進めている。

 

 

 

今回は万葉集について。

 

1400年前の歌集。

 

収録歌数は、20巻で4500もの歌が

 

納められている。

 

130年間にわたる歌が集められているのだ。

 

 

 

そもそも万葉集というタイトルはどんな意味か?

 

万:沢山

 

葉:時代・言葉

 

集:集める

 

長い時代にわたる歌を集めたもの。

 

ということらしい。

 

興味のある人はコチラ★

万葉集

https://www.youtube.com/watch?v=7BsKm7ze04Y

 

 

第4章については私が色々解説するまでもない。

 

 

万葉集を読むことを勧めている。

 

私も読んでみよっと!

 

 

生きること生かされること第3章

生きること生かされること

第3章

 

「感動と情熱」

 

この本のタイトルの通り、この本は

生きることと生かされることについ

て様々な知恵を授けてくれる。

 

この本によって私が救われたのは、

私が19歳。その時私は死ぬこと

ばっかり考えていた。その理由は

長くなるので省略するが、とにか

く生きる気力など微塵もなかった。

 

第1章では、実行しろと。

とにかくやっちゃえと。

やればわかるさと。

 

アントニオ猪木的な教えだった。

 

第2章は、ココロで感じろと。

ココロを開けと。

これまたスターウォーズ的な教え

だったがわかりやすく言えば赤ち

ゃんみたいに無邪気に感じろと言

うことか。

 

私は町中で見かける赤ちゃんをあ

らためて観察し、このフォースを

身につけようと思う。

 

みなさんもぜひ★

 

 

そして、今回は第3章。

 

「感動と情熱」

 

第1章では、「自分自身になりき

るとき、他と和することができる。」

とあった。

 

ここではこう言っている。

 

「感動したときには、自分自身になる」

 

と。

 

以下、私とこの本との対話を会話形式で

まとめてみた。

 

「私は死ぬことばっかり考えています。

とても感動なんてできません。何にも感

じないのです。まして、感動するなんて

とても、、、、」

 

「まずは感じることを学のだ。」

 

「学ぶ?どうやって?」

 

「始終怠ることなく立派な芸術を見るこ

とだな。ただ、歳をとったり経験が増す

と知ったつもりになって感動できなくな

るので注意しなさい。」

 

「とにかくいろんな芸術作品を見ればい

いのですか?」

 

「頭を使わずに、素直に見るのだ。赤ち

ゃんみたいにな。そうすれば感じること

ができるようになる。お前はまずは感じ

る練習をしなさい。」

 

 

 

19歳の時、私はこの本との間でこんな

やりとりをした気がする。

 

 

 

結局私にとって、私を救ってくれたもの

は音楽が一番大きかったのだが文学でも

絵画でも哲学でも彫刻でも歴史書でも大

自然でもなんでもいいのだろう。

美しいものであれば。

 

苦しい時はきっと芸術や大自然に触れる

ことがココロに良い作用をもたらしてく

れる。そして、赤ちゃんのようなココロ

で向き合うことを忘れずにおしゃぶりで

もしながら向き合うといいのかもしれない。

 

今度やってもよっと。

 

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そしてこの章では最後にこう結んでいる。

 

生きてゆくには情熱がなくてはならない。

 

情熱とは、一生懸命やろうと言う一つの強い感情のこと。

 

 

「力は乏しくても、精一杯生きているものは真実である。」小林秀雄

 

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生きること生かされること第2章

「生きること、生かされること」

解説の解説。

 

前回の第1章に続き、6章あるこの本の

第2章の解説の解説★

 

②心の不思議

 

このタイトルもまたグッとくる。

 

本書ではやはり「ココロ」についても

わかりやすく教えてくれている。

 

 

小林秀雄は、本居宣長の言葉を引用し

てこうしたことを言っている。

 

「悲しみを真実をもって、そのまま受

け入れ、ようく悲しみを理解して、自

分のものにしてしまうのが悲しみに耐

える方法であり、それから自然に和歌

となり、言葉となってあふれ出るもの

だ。苦痛は人間を浄化する。」

 

むむむむ、、、

これはこれはブルースの真髄か?

本居宣長を見る目が変わったぜ。

 

私はブルースが好きだ。

ブルースは悲しみに寄り添ってくれるから。

そして、悲しみを知っている人が好きだ。

その人の存在が、その人が発する言葉が、

何かを包み込んでくれるような気がする

からだ。

 

私自身もそんなブルースマンでありたい

と憧れている。その人自身が薬みたい。

 

ブルースマン薬師如来か?菩薩様か?

まぁその辺はわからないが、それに近い

感覚でブルースマンはありがたいと敬っ

ている。

 

そして、更に小林はこんな意味のことを

言った。

 

「苦しみや悲しみを受け止め直視し咀嚼

した人の言葉はきっと悲しみを背負って

いる人に寄り添うことができる。そして

その言葉は浄化され美しい。」

 

さらに、

 

ココロを浄化し、丈夫にするには訓練が

必要だとも言っている。

 

訓練とは?

 

それは、美しいものを素直に受け入れるココロ。

 

頭で考えずに、ココロで感じること。

だそうだ。

 

星の王子様の狐は

 

「心で見なければ、

           かんじんなものは見えないよ」

 

と言ったらしい。

 

 

心で見る、愛情で見る、感じる心で見

なければ本当のものは見えないと言う

教えだ。

 

何だかスターウォーズのフォースみた

いな話になってきたが、実に的を得て

いる。

 

 

人はついつい理屈や知識などが邪魔を

して物事を素直に感じることができない。

 

現代社会はますますそれが加速している。

 

知った気になって理屈や知識だけを信じ、

それ以外の見えないものを嘲笑する雰囲

気。

 

「見えないもの」をバカにするが、

「見えていないだけ」と言うことに気づ

かないこと。

 

 

小林は

頭で見るのではなく、尊敬、共感、愛情

で見なければ相手の人間を掴むことがで

きないとも言っている。

 

無私になれと。

幼子のように無邪気に構えろと。

 

西行の和歌も、宗祇の連歌も、雪舟の絵も、

利久の茶も、みんな同じことを言っている。

無私になれと。

 

 

 

 

 

ホントその通りだな、、、

 

 

 

でも、それが難しい。

 

そう簡単にいかないので、訓練しろと言って

いるわけだ。

 

 

小林秀雄は音楽を聴くときに、酔いしれなが

ら聞いていたと言う。頭で聴くのではなくて、

心で聴いて酔えと言うのだ。

 

 

美しい芸術や文化や自然にひたすら触れろと。

 

尊敬や愛情や共感の目を持ってココロで触れ

ろと。

 

それを幼子のような心で見ることが訓練だと。

 

 

楽しそうな訓練だ。

 

そしてその訓練の先には日常の暮らしの中で

の人間関係がある。

 

ここでそれができれば、ココロはグッと軽く

なる。

 

ココロはジャンジャン浄化されて、軽やかに

なるのかもしれない。

 

 

昭和7年世界恐慌の真っ只中で書かれた小林

秀雄の文章がこれ。

 

 

「一般経済の危機、政治の危機を眺めて、

これと同列になぜ精神の危機を置いてみ

ないのか。今日の社会の物的混乱がほと

んど怪物的な姿をしているのならば、物

質のうちで最も傷つき易い精神の姿は一

層怪物的な姿に見えるはずではないか。」

 

 

これって、まんま今の時代に当てはまる

のではないだろうか?

 

小林はさらにこう言った。

 

「人間の精神・ココロにも大恐慌をこう

むっていることに何故気がつかないのか!」

と。

 

これもそのまま今の時代に当てはまる。

 

今こそ当てはまる。

 

恐慌とは、恐れ慌てること。

 

私たちは、ココロが恐れ慌てている

 

新コロ茶番劇では、それが煽りに煽られている。

 

 

私たちは今こそココロで見て、

ココロで感じて、

心で聴いて、、、、

 

無私になることを目指す時代なのかもしれない。

 

 

幼子のココロがまえを取り戻す。

 

野生の勘を取り戻す。

 

あしたのジョーのハリマオ戦でも見返して

みよっと!

 

 

次回の第3章の解説は

 

「感動と情熱」

 

こちらもステキな言葉が満載です。

 

 

ココロの時代★

 

一緒に生き抜いて生きまくってやりましょー!

 

love

生きること、生かされること1022

生きること、生かされること

解説の解説。

 

  • 生きる知恵

 

いきなり深いタイトルから始まるぜ。

 

なるほど「生きる知恵」とは、世の

中に振り回されている私が最も欲し

いものかもしれない。いや、私だけ

では無く多くの人が知りたいことだ

と思う。

 

この新コロ茶番劇で問われているの

は、政治家の発信する「新しい生活

様式」なんかじゃ無く、一部専門家

が発信する恐怖を煽る偏った情報で

も無く助成金がらみの利権の構図を

考えることでも無い。

 

問われているのは、

 

私たちがどう行動するか?

私たちがどう考えるか?

私たちが何を求めるか?

私たちが何を子供たちに伝えるか?

 

問われているのは

私たちの「生き方」そのものなのだから。

 

 

 

冒頭に

 

生きる知恵を得るための教訓が記され

ている。

 

 

「自分自身になり切る時、他と和する

ことができる」

 

とある。

 

ちょっと難しいので、わたし自身を例

にして解説したいと思う。

 

 

その昔、北島三郎さんにお世話になっ

ていた時。

 

コンサートの打ち上げは、いつも最終

的には北島さんの部屋だった。

そこには親族とわたしだけ。

完全なプライベートタイムだった。

 

この時間の中で様々なことを教えてい

ただいた気がする。わたしにとっては

楽しくも貴重な時間だったわけだ。

 

北島さんが泊まる部屋は、スイートル

ームでだだっ広い。部屋にはグランド

ピアノまであったっけ。

 

北島さんは常に周りの人にお金が落ち

るようにしていた。そして、周りの人

がイメージする北島三郎像を裏切らな

いように振る舞っていた。

 

でもその部屋は北島さんが望んだもの

ではなかった。グランドピアノなんて

無くていいわけだ。部屋だって広すぎ

た。北島さんは、豪華絢爛な食事や贅

沢三昧の生活などをしていたら体や精

神を壊してしまうことをよく知っていた。

 

つまり、北島三郎というスター像のた

めの振る舞いだった。「俺はホントは

こんな部屋じゃ無くていいんだよ」と

よくおっしゃっていた。

 

北島さんの場合は、人望が厚くスケー

ルが大きいので世間のイメージと近い

部分もある。

しかしイメージとは全然違う素朴な部

分もたくさんある。北島さんに限らず、

多くの有名人はそうなんだと思う。

 

 

 

ヒトは、少なからず周りの期待に応え

ようとする。

 

女性らしくしろとか、男ならこうしな

さいとか、30歳になったら結婚しな

きゃとか、〇〇会社に入れば立派なヒ

トだとか、まぁ家族や社会から色々期

待されるわけです。

 

その期待に応えようとして頑張るのだ

けれど、それは実際自分がなりたいこ

とや、やりたいことでは無いことが多い。

 

どちらかというと、周りがイメージす

る自分を演じている時間の方が多いの

かもしれない。

 

うっかり褒められたりすると私みたい

なお調子者は、どんどんその期待に応

えようとしてしまう。

 

それが自分がやりたいことじゃ無くても。

 

 

「さすがです!」とか「肝が座ってる!」

とか「優しい!」とか言われると簡単

にのぼせ上がってしまう。

 

そして、私はそれらしく演じる。

 

時間が経つとバレてしまうので、バレ

ないように必死で演じる。

 

 

小心者でスケベでセコくて情けない、

ホントの私を見せるわけにはいかない。

奥歯を噛み締めて必死にその演技を続ける。

 

そしてその演技力は日に日にホントに力を

つけてゆく。

 

気がついたら歳をとっていた。

 

まぁこんな感じだ。

 

虚しい、、、

 

 

演技は上手くなったが

 

それは自分自身になりきっているとは言えない。

 

 

では自分自身になり切るためにはどーした

らいいか?

 

自分が本当にやりたいことをやるのだ。

 

まずそこから考える。

 

小さい時に得意だったことや、夢見ていたこと。

 

まずは妄想することから始める。

 

どこか好きな国に行きたいでもいいし、ヨット

に乗りたいでも絵を描きたいでも、役者になり

たいでもなんでもいいのだ。

 

そして、その妄想を絵に描いたり文字で箇条

書きにしたりするのだ。

 

それだけでもうイメージはグッと近づく。

 

「自分自身になり切る」ことに近づくのだ。

 

 

その行為をゼークトは下記のように言っている。

 

〜行為者はすべて芸術家である〜

と。

 

何かをする事は、その時点で芸術行為という事だ。

 

実行する事そのものが芸術と言っている。

 

そして本書では下記のように言っている。

 

「実行という行為には、いつでも理論より豊か

な何かが含まれている。現実を重んじる人とい

うよりは、現実性を敬う心がある。」

 

 

つまり

「とにかくやっちゃえ。やればいろんなことが

見えてくる。」ということだろうか。

 

確かに、やる前に諦めている事は多い。

 

 

 

「自分自身になり切る時、他と和することができる」

 

という言葉に戻ろう。

 

 

自分自身になり切るとは

 

自分自身が本当にやりたいことをやることだ。

 

それを実行することだ。

 

それを実行すれば自分自身になり切れる。

 

 

そうすれば他と和することができるのだ。

 

 

これが生きる知恵か。

 

 

これを教訓に私は絵を描き始めた。

 

 

水彩色鉛筆の絵。

 

 

実行する。

 

ヘタでもやっちゃう!

 

ルールなどない。

 

自由に!

 

まずはここから。

 

 

越路よう子の時代転換作戦最終章

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19歳の時にわたしはこの本によって

救われた。

 

頭がおかしくなって死ぬことばっかり

考えていた時に、わたしを救い出して

くれた本だ。

 

小林秀雄は19歳のわたしにとっては

とても難しかったのだが、その妹の高

見沢順子さんが、兄の残した言葉をわ

かりやすく解説した本がこの本だった。

 

その当時わたしは彼女の言葉で解説さ

れたこの本を貪るように読んだ。

夢中になって読んでいた。

その言葉の全てがわたしの心に特効薬

として浸透し、こんがらがってグジャ

グジャになったわたしの頭と心を整え

てくれたのだ。

 

わたしはその内容をノートに書留め、

図解して、もっともっと深く理解しよ

うと思った。

 

深く深く入っていけばいくほど心がど

んどん軽くなっていったからだ。

 

高見沢順子。

 

わたしにとっては命の恩人であり、過

去最強のココロのドクターであったわ

けだ。

 

 

会ったことないけど。

 

 

 

わたしは今、人生において大変難しい問

題に直面している気がする。

 

大袈裟に言えばこれは人類においても同

じように大きな問題に直面している気が

するのだ。

 

私たちはとんでもない時代の変換期に立

ち会っていると考えている。

 

 

わたしは、いろんな人のおかげで私がや

るべきことと、やりたいことがかなりフ

ォーカスされてきた気がするのだがもっ

とそれをフォーカスするために今一度こ

の本に救いを求めた。

 

もう一度この本を読み返して、ヒトが生

きることや生かしていただいていること

の意味を整理しようと思ったのだ。

 

「生きること、生かされること」

 

小林秀雄を解説した高見沢順子さんの本

をわたしなりに解説しようと思う。

 

一番いいのはこの本を読むことだけど(笑)

 ※ホントにそうです。

 

そんなわけで、大きな大きな時代の転換期。

 

わたしのようにもがいている人のために、

わたしのようにココロの弱い人のために、

わたしが救われた言葉の数々が何かの参

考になればという思いで綴ります。

 

 

「越路よう子の時代転換作戦」は今日で

おしまい。

 

これからは

 

「生きること、生かされること」

 

と題してこの解説を数回に分けてお届け

します。

 

お付き合いいただける人は暇つぶしに

お付き合いください★

 

 

それでは今日も思いっきり生きましょー!