Koshiji Yoko

越路姉妹の越路よう子が日々思うことを綴ります。

憧れ

毎朝散歩を終えると近所のコーヒーショップでアイ

スコーヒーを飲む。この時間(午前7時)にオープ

ンしているのはここくらいなので、結果的に毎朝行

く事となった。

 

朝のバイトのシフトはいつも同じ人らしく、人が良

さそうな、声はソプラノで、まるメガネをかけた棒

のように痩せたおじさんが対応してくれる。

注文の時、ちょっと食い気味で返事をするのが特徴

だ。どこかでこの喋り方聞いたことあるなぁーとず

っと思っていたのだが、今日わかった。スターウォ

ーズのC3POの喋り方にそっくりだったのだ。

背格好もなんだか似ている。

胸につかえていたものが取れた気がした。

 

 

このところ正月に買い揃えた本を1冊ずつ読んでいる

のだが、そのどれもこれもおもしろい。そんな中昨日

はこんな本を読んだ。

映画俳優、高倉健の最後の伴侶が綴った「高倉健、そ

の愛」だ。健さんの晩年の日常と、映画に対するおも

しろいエピソードを交えた心温まる本だった。

最後の伴侶は小田貴月(おだたか)さんという女性。

 

高倉健には憧れたものだ。

「幸せの黄色いハンカチ」や「遥かなる山の呼び声」

などを観た時は心の底からこんな男になりたいと願っ

たものだった。「八甲田山」や「南極物語」、「鉄道

員」や「ホタル」など、スクリーンの中での健さん

どんな配役でも「高倉健」だった。

実際の健さんはお茶目で、冗談好きだったようだがそ

れも含めて憧れるのだ。

 

男が憧れる男とは、こうした人を言うのだろう。

 

「幸せの黄色いハンカチ」に涙したのはわたしが小学

2年生の時、「野生の証明」で震え上がった時は小学

4年生。そして「南極物語」に感動したのは中学2年

生の時。20歳の時には「ブラックレイン」、そして

鉄道員」で涙したのは26歳の時だった。

ショーケン にも松田優作にも憧れたものだが、健さん

は別格だった。

 

高倉健がわたしの中での「男」としての目標だった。

そして高倉健になりたかった。

 

50歳になった今、わたしは女装をしておどけている。

 

こんなはずじゃなかった、、、、、、。

健さん、49歳の時の映像。(わたしとほぼ同じ年)

憧れと現実は必ずしも一致しない。

https://www.youtube.com/watch?v=aYqpO_Ki1OA

 

 

 

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高倉健、その愛 素晴らしい内容だった。