Koshiji Yoko

越路姉妹の越路よう子が日々思うことを綴ります。

死ぬかと思った  

昔、子供の頃大きな口を開けて大笑いしていたら、

口の中にセミが飛び込んできたことがある。

死ぬかと思ったが、本当に死ぬかと思ったのはセ

ミの方だったろう。

 

今日、横浜のみなとみらいをカッコつけて歩いて

いたら顔面に鳩がぶつかった。意外と痛くなかっ

た。鳥は重量が軽いのだと言うことを身を以て知

ることとなった。

死ぬかと思った。

f:id:koshijiyoko:20191021122055j:plain

ペロデューサー2

三上博史さんの徳島公演で脇を固めるのは、エミ・

エレオノーラさんと越路ファラオ雪路だ。エミさん

はミュージシャン、舞台女優、コンポーザーなどそ

の活躍は多岐にわたる。

 

わたしが出会ったのは戸川昌子さんが経営していた

青い部屋」というお店だった。

このお店は歴史が長く、50年以上前に渋谷の雑居

ビルの地下にオープンした。その当時は三島由紀夫

をはじめとする多くの文化人の社交場だった。その

後も特殊なサロンとして多くのアーティストがこの

門をくぐっていった。

 

わたしがこのお店を知ったのは今から10数年前の

こと。主に音楽的なイベントが中心にブッキングさ

れているお店だった。ただ、出演者の多くは他のラ

イヴハウスとは明らかに違うラインナップで、ゲイ

カルチャー、レズビアンカルチャー、アンダーグラ

ンドの極みとも言える個性的な人々が集う特殊なパ

ワーを持ったハコだった。

当時まだわたしは越路姉妹としての活動を始動した

ばかりだった。

 

この青い部屋に出演するにはオーディションを受け

なければならなかった。その時の審査員が戸川昌子

さんとエミ・エレオノーラさんだったのだ。

 

エミさんはドラッグクイーンの世界にも大きな影響

を与えた前衛的なアーティストなのだが、その発想

力やセンスはいまだ威力は増すばかりで、彼女の肩

書やジャンルはエミ・エレオノーラというしか方法

が見つからない。

エミさんは三上博史さんの他、イッセー尾形さんや

宮本亜門さんなど多くの演劇人に信頼され、深い親

交を交わしている。

 

青い部屋のオーディションの後、越路姉妹は頻繁に

青い部屋に出演させていただくことになった。時折

酔っ払った戸川さんがワイングラスを片手に「俺に

も歌わせろ」といって乱入してきたり、(戸川さん

は酔っ払うと自分のことを俺と言っていた)普通で

はない様々なジャンルの方々と交流したり、怪しく

も魅惑的な思い出ばかりが昨日のことのように思い

出される。

残念ながら青い部屋は2010年に閉店し、戸川昌

子さんもお星さまになってしまった。

 

そして今回ギタリストとして参加してくれるのが越

路ファラオ雪路。

ファラオちゃんは、越路姉妹のメンバーであるが、

個人的な活動としては柳ジョージさんや杏子さん、

竹原ピストルさん、河村隆一さんなど多岐にわたる

ジャンルでギターを弾いている大変優秀なギタリス

トなのだ。

 

越路姉妹の越路和子も多くのミュージシャンをサポ

ートする優秀なギタリストなのだが、この二人は非

常に対照的だ。越路ファラオのギタースタイルは、

和子のメタリックでメランコリーで歌謡的なスタイ

ルとは逆に、時に繊細で時に難解で時にプログレ

シヴで、時にルーツ的な独特の感性を感じる。

メジャーキーとマイナーキーのような関係なのかも

しれない。

 

和子とファラオは言い換えると、「ブリリアント」

と「ダークネス」、あるいは「エロ」と「笑い」で

あり、「陰」と「陽」であり、「淫」と「酔う」で

あるのだ。いずれにしてもファラオはクリエイティ

ヴな感性を持ったエロいギタリストである。スケベ

ギタリストファラオなのだ。いや、スケベファラオ

なのだ。いや、スケベなのだ。

 

カッティングエッジなエミ・エレオノーラさんとク

レイジーでエロい越路ファラオが前衛的な感性を持

三上博史さんと交わる。

 

これこそコラボレーション。

決して、ただのバックバンドではない。

このメンバーでなければこの世界は作ることができ

ない。必須のおもろいメンバーなのだ。

 

そして、ちょこっとだけわたしも舞台上に顔を出す。

 

エミ・エレオノーラ、越路ファラオ、(越路よう子)

三上博史この組み合わせ、おもしろすぎると思う

のは私だけではないはず★

 

10月26日、阿南コスモホールにてお待ちしています。

f:id:koshijiyoko:20191020105053j:plain

エミ・エレオノーラ

f:id:koshijiyoko:20191020105847j:plain

越路ファラオ雪路

f:id:koshijiyoko:20191020105924j:plain

越路よう子




 

 

越路よう子

禁止の禁止

茶店が好きで、わたしは喫茶店にいること

がよくある。

チェーン店の喫茶店は長時間仕事をするとき

には大変助かるのだが禁煙のパターンか分煙

のパターンがほとんどで、喫煙者のわたしに

とってはポイントはあまり高くない。

 

老舗のビンテージ喫茶店は、趣はあるのだが

時々パソコンを開いてはいけないとか、小さ

な声で喋らなければいけないとか、しゃらく

さい禁止事項を徹底している店もけっこう多

くある。こうした店はちょっと息苦しいので

わたしは避ける。

 

わたしが好きな喫茶店は、喫煙OKで他の人に

干渉されない距離感の椅子の配置があり、一

人でまぁまぁ長い時間いてもほっといてくれ

るような、ちょっとゆるい純喫茶が好きだ。

大阪や徳島にはこうした純喫茶が本当に多い。

横浜では、珈琲の大学院という喫茶店がダン

トツ好きだ。

 

そしてわたしが好むこうした店にはほとんど

禁止事項がない。また、何かの禁止事項の張

り紙やマークなども見当たらない。

わたしは禁止されるのが好きじゃないのだ。

その禁止マークや文字から発せられる振動が

なんか息苦しくてイヤなのだ。

禁止という言葉自体ネガティブだからだ。

禁止を禁止してもらいたい。

 

 

ずいぶん前、大阪の通天閣の下にある銭湯に

行ったらサウナルームの横に「ホモ行為禁止!」

と力強く書かれた張り紙があった。かなりの量

のホモ行為があったのだろう。

これはぜひ禁止してもらいたい。

ペロデューサー

 このところ、気づいたらプロデューサー的な

ことをしていることに気づいた。

プロデューサー的、と言うのは結果的にそん

な役割になっていたと言う意味だ。

 

私は徳島の山奥に月の半分暮らし、農村舞台

という浄瑠璃の舞台を活性化させるために色

々な取り組みをさせていただいてきた。

舞台は演じる人がいなければ息づかない。

息を吹き込むにはそこで演じてくれる人をお

招きしなければならない。

お招きするからには色々な装飾や演出に知恵

を絞らなければならない。

素晴らしいパフォーマンスと素敵な舞台演出

ができたらそれを記録しなければ広がらない。

そんなことを繰り返していたら、結果的に責

任者の私がプロデューサーになっていたとい

うことがここ数年繰り返されてきた。

おかげさまで色々なことを学ぶことができ

た。色々大変だったけど(汗)

 

農村舞台では、山下洋輔さん、柳家喬太郎

さん、オマール・ソーサさん、土方隆行

ん、渡嘉敷祐一さん、Gocooさん、tomoca

さん、大多和正樹さん、そして我らが越路

姉妹など多くの方々にご出演いただいた。

舞台装飾には華道家の平間磨理夫さん、そ

してフライヤーデザインには蘭子など多く

の才能に支えられた上でのイベントだった。

 

その後、阿波の遊行という阿波の古謡を収

録したアルバムを出す。

サウンドミックスとアートディレクション

については久保田麻琴さんに全面的にお願

いしたのだが、企画制作、責任者という意

味では私もプロデューサー的な役割を担う

ことになった。

 

そして、上々颱風の白崎映美さん率いる白

ばらボーイズの「群衆」という音源に至って

も私はプロデューサー的な役割を担うことに

なる。

プロデューサーっつうより言い出しっぺとい

う感じなので、私は自分のことをペロデュー

サーと呼んでいる。言い出しっぺの「ぺ」

ペロデューサー。

 

そんなペロデューサーの私は次に徳島でこ

のようなことをペロデュースする。

 

俳優の三上博史さんの公演だ。

 

三上さんとの出会いは、この徳島公演でピ

アノや笛、ピアニカなどを演奏してくれる

エミ・エレオノーラさんのライブ会場でお

会いしたことがきっかけだった。

エミさんと三上さんはもう数十年のおつき

あいで、三上さん主演のあの伝説のミュー

ジカル「ヘドウィグアンドアングリーイン

チ」日本版でも共演されている。

 

三上さんは、15歳の時寺山修司さんの元

で「草迷宮」という映画でデビューしている。

寺山修司といえば日本の演劇界のみならず、

その当時の若者のカウンターカルチャー

のもので、今ではアンディウォーホール

ニールヤングなどと同じように世界的に高

い評価を受けている。そんな巨匠の元、1

5歳の三上少年はデビューする。

三上さんの一般的なイメージはテレビドラ

マの中にあるのかもしれないが、そもそも

彼はテレビ界の芸能人とは一線を画すたた

き上げの演劇人だったのだ。

 

その当時、三上さんは寺山さんから映像班

として指名され、一切の舞台には立たせて

もらえず主にテレビと映画の世界で芝居を

することを命じられたのだという。

80年代のカウンターカルチャーのど真ん

中で叩き上げられた三上少年は、やがて青

年になりあっという間に日本芸能界のスタ

ーダムにのし上がる。そしてその時代のテ

レビドラマや映画界を瞬く間に席巻する。

スワローテイルや戦場のクリスマス、NHK

大河ドラマなど、他にも多くの名画、ドラ

マに出演されている。トレンディドラマと

いうジャンルの中ではその当時出ていない

ドラマの方が少なかったのではないかと思

うほどその存在感と名前は日本中に響き渡

っていた。

 

ただ、演劇の真髄を軸とした彼の考え方と

その当時のテレビ業界とのギャップは時と

して彼を苦しめる。あまりにも彼の美意識

と哲学にかけ離れたものが目の前に現れた

時、誰にも吐露することのできない苦悩が

彼自身を襲うことになる。

何度も台本を壁に叩きつけた日々が続いた

らしい。

 

栄光の光と影とはまさにこうしたことを言

うのだろう。

 

そんな三上さんは今だに一つ一つの作品に

向き合うこだわりを強く強く持っている。

 

三上さんに直接お会いして話していると、

常に冗談を交えながら気さくに明るく接

してくれるのだが、やはり作品に対する

こだわりや向き合う姿勢はとてつもなく

強い美意識を感じる。

 

そんな三上博史さんの俳優としての眼差

しには、底抜けの純度と本質的な物事の

考え方と叩き上げの役者魂のようなもの

を常に感じる。

 

ただ、私は芝居の世界はさっぱりわから

ないので三上さんとはいつも音楽の話し

や歴史の話し、そして宇宙の話しなどを

している。

その時間が私はとても楽しい。

 

ちょっと前に私が取り組んでいる徳島の

農村舞台の話しや、私が惹かれる徳島に

まつわるお話をするとすぐに徳島まで来

てくれた。

その時、いつか徳島で何かできたらいい

なと言う話しをしていたことが実現でき

たのが今回の徳島公演なのだ。

 

今まで多くの方々に徳島にお越しいただ

いた。そのどれもこれもが素晴らしいパ

フォーマンスで楽しい時間だった。

ただ、公演前にお仕事とは別に徳島に関

心を抱いていただきその上直接来てくれ

たのはこの三上博史さんと浪曲師の玉川

奈々福さんだけだ。

 

なんと嬉しいことか。

 

今回の徳島公演については内容が郷土の

民話(かなり不思議な話が多くて面白い)

を中心に瀬戸内寂聴さんの随筆などで構

成され、合間に朗読の内容にリンクする

楽曲をたっぷり歌っていただく。

 

三上さんは、その民話の土台となった場

所をこの公演前に訪れたいと申し出てく

れた。

したがって私はこの公演前に数日間かけ

てご徳島のあちらこちらをご案内するこ

とになった。これまた嬉しいリクエス

だった。

 

こうして時間をかけて作り上げてゆく舞

台は楽しい。

三上さんのこうした姿勢を現場に伝えると、

いつも阿南の会場装飾をしてくれている仲

間(森のたくちゃん)はさらに素晴らしい

イデアを投げかけてくれ、そしてそのイ

メージを見事に表現してくれる。どんどん

どんどんグルーヴしてゆくのが実感として

わかる。

 

わたしはこうしたやり方が好きだ。

こうしたやり方で作り上げてゆきたい。

そしてこうしたやり方でお客さんにお伝

えしたい。

 

効率や数字の世界を超えた感覚でしかリ

ーチできない世界が、これからの時代を

生きてゆく大きなテーマとなっている。

 

わたしにとっては。

 

10月26日、阿南コスモホールでの

1日は素晴らしい1日になるだろう。

今からとても楽しみだ。

 

 つづく

f:id:koshijiyoko:20191018002555j:plain

三上博史・徳島公演

 

秘密の夜会 vol.3に向けて

浜田真理子さんの音楽に魅了されたのは、

もう随分と前のことだ。彼女の楽曲、歌

詞の内容、歌声、アンサンブル、その全

てに魅了された。

 

オリジナル曲は元より、カヴァー曲も素晴

らしい★そのどれもこれもが私の心の琴線

をポロポロキュンキュン鳴らしてくれるの

だ。徳島の山奥で私は真理子さんのレコー

ドをヘビロテしている。私は浜田真理子

大ファンなのだ。いわゆるただのファンな

のだ。

 

私は実は大変な怠け者の上、大変な人見知

りで他人のコンサートに行くということは

ほとんど無い。こんな仕事をしていて何だ

が、私はフジロックすら行ったことがない。

フェスなんてものは名前を知っているだけ

でほとんど未経験。

ほとんど行ったことが無いのだ。

 

まず出かけるのが面倒だし、人混みが苦手

だし、その場に知らない人はいっぱいいる

だろうし、、、、、、とにかく出かけない。

 

そんな私が浜田真理子さんのコンサートに

はしょっちゅう出かけていく。知らない人

だらけでも怖く無い。そして新譜が出た時

などは行列に並んでレコードを買い(CDで

はなく高い方)ニヤニヤしながらサインま

でおねだりする。どうしたんだ?越路よう

子。あんなに出かけるのをめんどくさがっ

て、人見知りが激しいお前が何で??

 

それは、浜田真理子さんの世界が私をそう

させているとしか言いようがない。

だってファンなんだもん。

 

そんな浜田真理子さんに今回出演していた

だくことは、私にとってどれほど嬉しいこ

とか!そして、私たちのお客さんに浜田真

理子さんの世界を知って、感じてもらうこ

とがどれほど嬉しいことか!もう私は嬉し

くて嬉しくてウレションしちゃいそうなのだ。

 

全くもってクリスマスを意識した1日では無

いが、令和最初の年の暮れにぜひこの素晴ら

しき世界をお届けしたい。そんな思いで胸が

いっぱいなのです★みなさん、ホントお見逃

しなく!そして、お楽しみに★

 

心からお待ち申し上げます★

 

越路よう子

 

 2019年12月25日(水)

秘密の夜会 vol.3

【会場】代官山 晴れたら空に豆まいて

【出演】浜田真理子 with Marino(sax)

    越路姉妹

【開場】18:30【開演】19:30

【前売】¥4000【当日】¥4500

(共に1ドリンク別途)

 

※整理番号順入場 (イープラス、店でのご

予約の方並列でご入場いただきます。)

 【ご予約・お問い合わせ】

 ★代官山 晴れたら空に豆まいて

【TEL】 03-5456-8880

【Mail】 http://haremame.com/howto/

※チケット販売は10月24日(木)発売初日は メール0:00〜 電話16:00〜 

承ります。(初日のみメールでのご予約の方がお電話で

のご予約より整理番号が早くなります)

 

★イープラス チケット購入ページ

URL https://eplus.jp/sf/detail/3122550001-P003000110月24日(木) AM10:00〜

f:id:koshijiyoko:20191015153444j:plain

横浜フライデー ハンサムな夜

徳島に拠点を移して3年の月日が経つ。拠点を

移したと言っても徳島と横浜を半々で過ごす、

いわゆる2拠点生活というやつだ。

今まで横浜から住所を移すことがなかったのは、

横浜人独特の考え方があるのかもしれない。

 

わたしは横浜の金沢区という鎌倉寄りの横浜南部

の小さな町に生まれ、中学生まではこの辺りで育

ったことになる。京急沿線のそれぞれの駅がわた

しにとっての世界で、まだ真っ暗だった冬の早朝

に友達と釣りに出かけたり、当時はそこら中にあ

った空き地に秘密の基地を作ったり、同級生と恋

に落ちたり、野球やサッカーに明け暮れたり、泣

いたり笑ったりして過ごしたその世界がわたしの

世界そのものだった。

 

毎年大晦日の夜には実家にある2階のベランダか

ら海を見るのが慣例だった。年が開ける瞬間に港

中の船が一斉に汽笛を鳴らすからだ。その重低音

の響きはわたしにとっての新しい年の幕開けのフ

ァンファーレだった。

 

やがて高校へ進学すると、私は本牧にある元女子

校の高校に通った。元女子校というのが越路よう

子らしい。そこではサッカーと音楽(メタル)に

明け暮れる毎日で、横浜駅の近くにあるスタジオ

に足繁く通いダイエースプレーという糊みたいな

スプレーで髪の毛を逆立ててカッコつけて洋モク

と呼ばれていた海外のタバコを吸い、不良じみた

暮らしにワクワクしながら悪ぶって見せたりして

いた。

 

高校の目の前は米軍基地や米兵が住む豪華な家が

フェンス越しに見えた。同級生には中国や韓国、

台湾などのルーツである友人が多くいた。そして

本牧にある高校の近くにはゴールデンカップやイ

タリアンガーデン、リキシャールームやアロハ、

リンディなどの伝説のバーやお店がまだ数多く残

っており、70年代の横浜の残像がまだ本牧には

息づいていた。

 

高校を卒業後は2年ほど寿町というドヤ街が隣接

する長者町というゲトーな街にあるジャズバーで

ウェイターとして働きながらフラフラした末、大

学へ進学した。東京の大学だったのだがわたしは

横浜から住所を移すことなく横浜から東京の大学

へ通った。その時代には本牧のシェルガーデンと

いうライブハウスで毎月ライブをさせていただい

ていた。特に松田優作さんのイベントには毎月出

演していた。そこで山崎ハコさんや新井英一さん

原田芳雄さんやシーナ&ロケッツや李世福さん

などと共演させていただき多くの事を教えていた

だいた。わたしのライブハウスの原点は本牧にあ

った。

 

その本牧でとあるレコード会社の人にスカウトさ

れて東京での活動が始まるのだ。その中で越路姉

妹のメンバーと出会うことになり長い時を経てバ

ンドを組むことになる。

 

そんな今、わたしは野毛に住んでいる。奇しくも

日本で2番目に大きなゲイタウンである野毛に住

んでいる。越路よう子にはぴったりの町だ。金沢

区でもなく、本牧でもなく、最終的にわたしが選

んだ町は野毛だったのだ。その野毛に隣接する街

長者町があり、横浜フライデーはその街に存在

する老舗のライブバーなのだ。家から歩いて行く

ことのできる直近のライブハウスだ。フライデー

は、クレイジーケンバンドがいまだに毎月ライブ

を開催している。そんなことからもマスターの人

望の厚さがわかる。来ていただければわかるのだ

が、わたしの知っている横浜がここにはある。横

浜の中の横浜がここにあるのだ。マスターの磯原

さんは伝説の不良で、いろんな先輩から磯原さん

の事は聞いていたしその喧嘩のエピソードが恐か

った。今でもリーゼントが決まっている。ただ、

お会いするとマスターはホントにそんな不良だっ

たのか?と疑いたくなるほど気さくで笑いの絶え

ないチャーミングな人だった。

 

それ以来ずっとお世話になっている。そしてわた

しはこのマスターとじゃれ合うのがとっても好き

だ。「マスターのリーゼントは形が整いすぎてる

わ!さてはそれ、陶器でできたヅラでしょ!」と

か、「わたしが欲しいの?いやらしい目で見ない

でよ!」とか言いながらゲラゲラ笑いあっている。

 

当初マスターに抱いていた恐ろしいイメージはも

微塵もなく、今ではマスターのことを敬意を込

めてハンサムマスターと呼んでいる。わたし、マ

スターが好きなんだろうな。

 

そんなフライデーでの久しぶりの越路姉妹ワンマ

ンライブ。ぜひ横浜の雰囲気を吸い込みに来てい

ただきたい。本当の横浜がここにはあるのです。

 

12月13日、金曜日の夜、横浜フライデー、ハ

ンサムな夜にぜひ足をお運びください★わたしの

横浜を、越路姉妹の横浜をお届けします★

 

 

越路よう子

 

f:id:koshijiyoko:20191010183903j:plain

 

出羽三山修行の巻 2/2

 

阿波の遊行(CD)のポスターが奈々福さんの

目に止まったということは私にとっては心か

ら嬉しい出来事だった。その知らせを聞き、

すぐにお会いするとなんと奈々福さんは私と

同郷の横浜のご出身で白崎映美さんとも随分

前から交流があったということだった。

 

更に、奈々福さんの師匠は庄内は酒田のご出

身で随分前から酒田には毎年訪れていたのだ

という。この時点で相当なご縁を感じる。

 

このCDをきっかけに私は、白崎映美さんと意

気投合した時のように、すっかり意気投合した。

その後私たちは徳島の滝を一緒に巡ったり、私が

暮らす徳島の那賀町をご案内したり、徳島での浪

曲公演を開催したり、ものすごいスピードで距離

が縮まっていったのだった。

 

そして今回の出羽三山での山伏修行に繋がる。

 

 

今回の旅は、まず早朝便の新幹線で山形の月山の

麓にある志津という街まで向かう。

お昼に到着後、山伏の白装束に着替え月山山頂を

目指し登山。標高1984メートルの登山はまぁ

まぁな登山であるが、一気に山頂を目指した。

夕方に山頂に辿り着き、山小屋で泊まり翌朝早朝

から月山に存在する秘所と呼ばれる神聖なエリア

をまわった。

まわったと言ってもかなりの起伏のある山肌を降

りたり登ったりの繰り返しで、かなりハードロック

な行程だった。その後羽黒山へ向かいお参り。

その晩はビニールシートをかけただけのテントのよ

うな場所で泊まる。昼食も夕飯もお風呂も無いまま

泊まると、翌朝は湯殿山へ向かった。ここは沢登

で、スリッピーな沢を草をかき分け悪路をひたすら

進み最後は滝の淵に浸かって滝行。秋の湯殿山の雪

解け水はほぼ氷水の感覚だった。所々神聖な場所で

は般若心境を唱えてきた。そして沢を下り、お昼に

出発地点の志津へ戻った。

 

こうしてまとめるとあっという間の行程のように思

えるが、それはそれは苛酷な行程だった。

 

ただ、不思議とこれだけの運動量の後に絶食に近い

形で夜を迎えてもぐっすり眠れたのだ。

暗闇の森の中では灯りは手元の携帯電話の灯りしかな

い。その電気を消すと漆黒の闇。テントの中には外界

の様々な音がビンビン伝わってくる。

 

風が右から左へ流れてゆく音。

木々のざわめき。昆虫の足音。

動物の気配。

そんなものが絶え間なく聞こえてくる。

一体その音は何の音なのか?と想像を膨らませる度に

五感が敏感になってゆくのがわかる。寝袋にくるまっ

たまま目を閉じていると、何とも言えない心地良さに

包まれて深い眠りに落ちていったのだった。

 

以前、星野さんというベテラン山伏が書かれた本を読

んだことがある。その本の中で星野さんは、

 

「山は何でも吸い込んでくれるんだ。嫌なことも悲し

い思いも何もかも山は吸い取ってくれるんだよ。だか

ら山に入って山から出ればすっかり元気になる。」

 

そんなことをおっしゃっていた。

その気持ちがちょっとだけわかったような気がした。

私の心は何だか軽く、そしてそれは軽いだけではなく

強烈なエネルギーを注入してくれていたのかもしれな

い。そうじゃなければ連日あれだけの長時間崖のよう

な山肌を上ったり降りたりして、ろくに食事もとらな

いまま、本来ならぐったりしているわけでましてや元

気になるはずがない。

 

私はすっかり気持ちも軽やかになり、清々しい気持ち

で元気いっぱいだ。筋肉痛はあるものの、心も体も以

前よりずっと元気だ。きっと浄化していただいたのだ

ろう。ドロドロに汚れた油まみれのキッチンのファン

を、プロのお掃除隊がピカピカに掃除してくれるよう

に私の心や魂のようなものにこびりついた汚れをさっ

ぱり落としてくれたのかもしれない。

 

あんなにきつい行程だったのに、私はまたやりたいと

思っている。

 

我ながら信じられない。

 

まだ数日しか経っていないのに、

またやりたいと思っているのだ。

 

そうだ。またやろっと。

 

日々の暮らしの中で苦しんでいる人がいるならば私

は自信を持ってオススメしたい。

山伏修行、とっても有効です。

想像以上に救われますよ★

 

最後になりますが、玉川奈々福さんがいなかったら

私はこの経験ができなかったわけで奈々福さんには

この場を借りて心からお礼を申し上げたいと思っています。

深謝。

 

そしてみなさん、ぜひ山へ!

オススメです★

 

f:id:koshijiyoko:20190922173157j:plain

f:id:koshijiyoko:20190922173228j:plain

f:id:koshijiyoko:20190922173256j:plain